FC2ブログ

MyoldSteamers

現役蒸気と復活蒸気。模型と日々の出来事も。

広角レンズが欲しいと思ったとき

皆さんこん〇〇は。

アーカイブからのアップですが、本来ならボツ作品ですので、画像拡大は自己責任でお願いします。


1973/1 中央西線倉本→上松 D51827【中】

この場所に立って、ああ~広角レンズが欲しい!と思いました。
それまでは、標準レンズがあれば、自分の足で移動して、引きを取れば、景色を収められると
真面目におもっていたのです。

でも、この場所ばかりはダメ!有名な景勝地である「寝覚ノ床」の柱状節理は画面に向かって右側に
あります。ところが、線路と木曽川が見える立ち位置はここしかありません。

ちっくしょ~。後追いを撮ろうにも、この画角では白煙と罐の姿で寝覚ノ床が隠れちゃうじゃないの。
事実、ごく最近見つけた某有名プロの作品ではこの場面は20mmくらいの画角で、寝覚ノ床と汽車をバッチリ。

で、こういうときに限って、中津川の青ナンバーが来ちゃった。
その場ではナンバープレートも読み取れない・・・
記録写真にもならんわ~

ということで、以来46年にわたってお蔵入り。
ところが、読めないと思っていたナンバープレートでしたが、スキャンして拡大したら
読めました。D51827。勝手に「やになるD51」と仲間内で読んで(呼んで)いた罐でした。

高辻さんぜっきあいずさん、まったくひどいコラボですが、名鉄局の色付きナンバー繋がりということで。

スポンサーサイト

撮り鉄復活のころ(その2)

皆さんこん〇〇は。

遠征を開始して、只見線や磐越西線に行きだしたのはいいのですが、
常に1泊での撮り鉄では家族からもヒンシュクですし、予算がもちません。
日帰りで行ける路線はどこかな~と見渡したところ、
真岡鉄道か秩父鉄道か上越線(信越線)かという候補がありました。


2008/11 秩父鉄道浦山口→影森

真岡鉄道は実は我が家からだと電車鉄が意外と厳しく、車での鉄ちゃんが必須となります。
上越線(信越線)も魅力的でしたが、新幹線鉄となりがちで、かつ往路はいいのですが、
復路の撮り方がなかなか難しい(本当は色々とあるんですが最初はわからなかった)。

秩父鉄道は架線下の蒸気となりますが、これには中央西線や日豊本線宗太郎で慣れており、
往路復路ともに駅近のポイントがそこそこある。そして、沿線の駅の雰囲気が良い。
というわけで、いきおい秩父鉄道に多く通うようになりました。

通いだした当初は見慣れた103系がこれまた見慣れたカラーで走っていたことも、
大いに背中を押してくれました。そしてもう一つ。石灰石輸送の貨物列車が走っていること。
「ヲキ」というのは秩父鉄道独特の呼称ですが、要するに「ホキ」のことです。

最近こそ秩父鉄道詣での頻度が落ちましたが、このブログでのカテゴリーでも秩父鉄道は
アップ数が長らくトップでした。ボツ作品の数もトップかもしれません。

D51453【吉】

皆さんこん〇〇は。

過日、D51453保存会の方からコメントをいただきました。いわく、現在は柏市に保存されているD51453号機が
現役で稼働していた時代の写真を探しておられるとのこと。

そこで、まずは私が撮影した写真から見つけた同機の写真をまとめてアップいたしました。
これから具体的にどうするかは、これを見てご連絡いただければよろしいかと存じます。


1972/7 吉都線小林にて

KyuushuuJul1972136-1dpp.jpg
同日 吉都線西小林→小林 単回1696レ

1696レは本来貨物列車のスジでしたが、この日は荷がなく、単機回送になってしまったようです。
1枚目は単機で小林駅に1時間以上側線で待機していた間を撮影したものです。
時刻はすでに18時過ぎ。さすがに日の長い南九州でも夏の西日が傾いて当たっていました。

KyuushuuMar1973154-1dpp_20190414132520e68.jpg
1973/3 都城運転区

春の雨上がりの都城。C5766とD51453の間にあるのは給炭施設。後方にある小さな塔は給水タンクです。
石炭と水が蒸気機関の運動源でしたので、一定の距離ごとに給炭と給水施設がありました。
D51453の手前の線路の間が溝のように落ち込んでいますが、これはアッシュピット(灰落とし)といい、
燃えカスの石炭を落とす場所です。ボイラーの中に燃えカスが溜まり過ぎると燃焼効率が悪くなるので、
一定距離を走ったら必ずボイラー掃除をしていました。

KyuushuuMar1973182-1dpp_20190414132522257.jpg
1973/3 吉松機関区

吉松のクラで休息するD51453と僚機1038。
画面右側に給炭・給水施設が写っています。

一応、ネガを探してみましたが、見つかったのはこれら4枚でした。
お役に立てたら光栄です。

大雪くずれの雄姿

皆さんこん〇〇は。

以前に「大雪落ちの雄姿」のタイトルでアップしましたが、本日はその少し後のシーンです。


1975/3 石北本線女満別→呼人 1527レ C58418牽引+急行大雪編成

「笛の音響けば」の管理人さんがほぼ同じ場所の現在の写真をアップしてくださいました。

私の写真は、といえばトンネル突入寸前のすでに罐の顔に木の枝がかかったボツ写真ですが、
現在のお写真を拝見して稲妻のように脳裏にこの一枚が浮かびました。
ここだ!ここだ!このカーブを切ってトンネルに入るんだ。

「大雪落ち」とか「大雪くずれ」として知られた1527レ。
北見まで急行大雪として走り、その編成(オロハネを含む10輌)のまま北見から網走までは
普通列車となって北見機関区のC58が牽引していました。
蒸気機関車の最末期にあだ花のように咲いた長大編成列車。

九州のそれは宮崎機関区のC57が牽引する日南3号の宮崎・都城間。
本州では短期間実現した迂回急行津軽のC58牽引。(陸羽東線)
そして北海道では急行ニセコなきあとのこの大雪くずれ。

この日の牽引機はC58418号機
北見機関区の最後の何輌かのひとつでした。

撮り鉄復活のころ

皆さんこん〇〇は。

何回か以前にも書きましたが、私は1975/3に一旦鉄道趣味を辞めて、その後は写真撮影にも興味を失い、
家族旅行の際にたまたま出会った蒸気を極めてテキトーに撮影するという体たらくでした。

撮り鉄として復活して、デジカメを揃えて遠征を開始したのは2008/5からでした。
最初に選んだ場所は、新緑の只見線でした。
ただし、このときは線路端の追っかけ撮影に終始した挙句、これが自分の撮影スタイルなのか、
本当にこれで満足なのか、と自問自答していました。


2008/11 磐越西線津川

久々のバルブ撮影でしたが、まだまだ試行錯誤でした。
線路端でドーンと撮るのは決して嫌いではなく、むしろ好んでいた時期もありました。
ただ、ほかの方々と同じような写真を並んで撮るのにはどうにも満足できません。

一つの解は俯瞰撮影にありました。リスクが高い撮影手段ですが、決まったときの満足感は非常に高い。
ただ、これも手段であって、俯瞰撮影自体が目的になるとちょっと違います。
それは、バルブ撮影も流し撮りも一緒で、あくまで何かを表現するための手段のはずですね。

色々とあれこれ悩みながら、これからもテキトーに撮影をしてまいります。