飯山線の落日

皆さんこん〇〇は。

40年以上前に時計を遡りまして・・・
横倉・平滝間で協調運転を撮影した、その帰途の車窓です。


1972/9 飯山線のどこか

いつぞやアップさせていただいた、同乗の女学生からりんごを貰ったよりも
少し前のタイミングでしょうか。(「あの子の一枚」のタイトル)

協調運転で衝撃を受けた高校生の私はかなりセンチメンタルな状態だったようで・・・
車窓からカラーで夕景を撮影したり、この他にも、どういう精神状態だったのかな?
と思う叙景的な写真が多く残っています。

ただ、飯山線にはこの日一日でお別れを告げており、翌日は初めての木曽路に
足を踏み入れています。そちらでの未公開写真はまた改めて。
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協調運転(ミスターC56追悼その3)

皆さんこん〇〇は。

ミスターC56の追悼シリーズを続けます。


1972/9 飯山線横倉→平滝

横倉方のトンネルを抜けて、平滝に向かって登り勾配が続く区間。
一昨年秋の復活蒸気運行では、千曲川対岸の上り坂から撮影された方もいらっしゃるのでは。

ススキがざわめく中、なぜか響き渡るはずのドラフトが聞こえません。
代わりに、トンネルに入る汽笛が妙だったのはこういうことだったとは。
ああ~、頭にDD16が付いて、次位のC56はすっかり予備機になっていました。

無惨な、という言葉がとっさに浮かびました。
主役交代・・・そんな綺麗な言い回しどころではなく、罪人が引き回されているような。
それでも私はこの姿を記録にとどめるためシャッターを切り続けました。

さらば、C56。いつまでも忘れまい。

最後の日々(ミスターC56追悼その2)

皆さんこん〇〇は。

ミスターC56の追悼としまして、もう何枚かアップさせていただきます。

小海線海ノ口197209008-1dpp
1972/9 小海線佐久海ノ口→海尻

長時間停車していた貨物列車がドレーンを切って発車してきました。
あと数日で無煙化となる小海線でしたが、C56149はいつものように
通いなれた鉄路を黙々と走ります。

ホームには駅助役さんでしょうか、孤影が立ち尽くしていました。

延長したキャブ屋根(ミスターC56追悼)

皆さんこん〇〇は。

「銀『塩』鐡道の夜」の管理人さんがアップされた、C56159号機のキャブ屋根延長のお写真を拝見。
私は果たして撮影していたかと探してみたところ、小海線ではそれとハッキリわかるのは一枚もなし。
代わりに、意外な一枚が出てきました。


1972/9 飯山線飯山にて C5696

C5696は、小海線野辺山駅前に保存されている罐ですが、
中込区に配属された期間はごくごく短く、飯山区が長かった罐でした。
この日、C5696はDD164が先頭に立ち、その次位に予備機として付きました。
協調運転が始まったのでした。

koumiSep1972189-1dpp.jpg


おりしも・・・ミスターC56として知られたTさんが天国に旅立たれたとの知らせがありました。
C56160号機の最後の本線運行を見届けるようにして・・・
ここに謹んでご冥福をお祈りいたします。

合掌

C56への惜別

皆さんこん〇〇は。

ご存知の通り、今週末はC56160号機の本線最終運行です。
残念ながら、160号機の写真がないので、僚機123号機のアーカイブ写真を
アップいたします。


1972/12 七尾線能登中島→西岸

どうして160号機の写真がないのかって?
仕方ないでしょ、最初に七尾線を訪問したのがこのときで、すでに梅小路入りしてたのが
ニアミスの始まり。

その後、梅小路を訪問する気がなく、1975/3をもって鉄道趣味を引退。
160号機が全国行脚してた時代は辞め鉄状態。
山口線に行き始めても、さすがに年末年始は家族の行事が目白押し。

とはいえ、さて、このまま終わるわけにはいきませんよね。待ってろよ!
プロフィール

マイオさん

Author:マイオさん
「マイ・オールド・スティーマーズ」は
長すぎるということで、略して
「マイオ」となりました。
中学・高校は現役蒸気を追い、
蒸気全廃とともに鉄道趣味から引退。
30数年を経て突如復活。
ブログも9年目に突入し、そろそろマンネリ化か?
更新頻度が激減中で、ネタも尽きて
いよいよ終了間近かも。
これは見逃せないというべきか、
単にアホらしいというべきか。

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