木曽路の重連回送

皆さんこん〇〇は。

重連運行があれば重連回送もある。
現役蒸気時代は荷物の多寡、編成の作り方、カマごとの仕業、これらによって
ときに重連回送も実現しました。


1972/9 中央西線藪原→宮ノ越 D51775+D51522

2輌の罐ともにテンダーになにか書き込みしたのを消した跡が見えます。
北海道では盛んにスローガン書き込みがありましたが、長野鉄道管理局も
例外ではありませんでした。

さて、初めての木曽路の旅、未公表写真という名の「ボツ作品群」にて綴って
きました。そのボツ写真も底を尽いてきましたので、ここらでお開きとしたいと
存じます。お付き合いいただきありがとうございました。

KoumiSep1972119-1dpp.jpg
最後に、おそらく奈良井だと思いますが、駅の遠景をアップいたします。
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駅を過ぎる

皆さんこん〇〇は。

木曽路の初日、午前中は雨に祟られましたが、移動のために宮ノ越駅に
戻ったあたりで、雨も小やみになりました。


1972/9 中央西線宮ノ越

この貨物列車は宮ノ越を通過。藪原に向かって、加減弁を開き放しでぐいぐい進んでゆきます。
画面左に積んであるのは何でしょうね?

白煙吐いてトンネルへ

皆さんこん〇〇は。

初めての木曽路訪問の続きです。

KoumiSep1972065-1dpp.jpg
1972/9 中央西線宮ノ越→藪原

木曽路は藪原・奈良井間にある鳥居峠が分水嶺となります。
木曽福島と中津川に機関区があり、中津川機関区の罐が塩尻までの主に本務機、
木曽福島機関区の罐が主に補機を務めていました。

木曽福島以南では後補機、以北では前補機となっていたようです。
もっとも私はほとんど以北で撮影しており、これは専ら以南で撮影しておられた
高辻さんのお話(写真)で最近わかったことでした。

降り続く雨の中、橋梁を渡ってトンネルに突っ込みます。
撮影の都度、レンズを手ぬぐいで拭くのですが、だいぶ厳しくなってきました。
レンズに吹き残りの水滴があるのでしょう。フィルターの上にもう一つフィルターを
装備しているようなものです。

初期の自己満足画

皆さんこん〇〇は。

午前中はずっと雨に祟られたこの日、ようやく夕方になって雲が切れました。


1972/9 中央西線奈良井→木曽平沢

中央西線の中でも、木曽平沢と奈良井は駅間が短い方です。
このとき、そこからまず駅間を歩いてみようと考えたのは、ごく自然な発想でした。

それは良いとして、この一枚は今でも続く癖である「極端な構図」。
汽罐車ですが、画面左下に絶気で写っています。
下りで絶気とわかっていたから、こういう構図で遊んだな、と読めますが、
煙期待でこういう極端な構図は組めなかったのがこの当時でした・・・

木曽路は雨から

皆さんこん〇〇は。

飯山線に別れを告げて、やってきましたのは中央西線。
1972年当時、架線柱が建ち始めていましたが、乗数一杯の貨物列車を
牽引するD51。とても魅力的で、この後、何度も通うことになりました。


1972/9 中央西線宮ノ越→藪原

ただし、初日の朝は雨。なかなかモチベーションが上がりません。
小海線、飯山線と秋晴れが続いていただけに、まずはため息つきつき、
カラーを封印してモノクロだけの撮影行です。

この当時は、真っ黒な煙かせめてマーブル煙が最高と思っており、
白煙の素晴らしさには気づいていなかったのです。
プロフィール

マイオさん

Author:マイオさん
「マイ・オールド・スティーマーズ」は
長すぎるということで、略して
「マイオ」となりました。
中学・高校は現役蒸気を追い、
蒸気全廃とともに鉄道趣味から引退。
30数年を経て突如復活。
ブログも9年目に突入し、そろそろマンネリ化か?
更新頻度が激減中で、ネタも尽きて
いよいよ終了間近かも。
これは見逃せないというべきか、
単にアホらしいというべきか。

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