ある思い出

皆さんこん○○は。

「日向沓掛、1973/3」に書きましたが、これは実際には同じ年の12月、
冬至近辺のことです。1973/3と12月で大きく違ったのは、後者のときには
日南3号がC57牽引になっていたことでした。

12月の陽が短い季節で、しかし日南3号という午後4時少し前に宮崎を発車するスジを
どこでどう捉えるか・・・
門石ではかなり賭けの要素が大きく(よほど晴れていないと線路は暗くなってしまう)
安全策を取るなら清武・沓掛間がベスト。大淀川でも間違いないですが、それでは
面白くない。
こうして、それまで訪問していなかった清武・沓掛のロケハンを開始しました。

日南3号を撮影すると、張り詰めた気持ちが緩んで、その後のスジである1527レ、
さらにその後の569レをどうするか、というとあまり気合が入らなくなっていました。

1527レはf1.4開放で撮影したものの、手ごたえとしてはギリギリの明るさでしたので、
569レは走行写真ではなく、駅撮りに切り替えました。


1973/12/XX 日豊本線日向沓掛駅にて 569レ C57169牽引

この画を撮影後に、乗務員さんに田野まで録音したいのでキャブにマイクを
置かせていただけないかお願いしました。
(ここからはすでに43年前で時効だと思います)
答えは、「マイクだけじゃ、俺らがスイッチなんか入れらんねぇ。
だからお前も一緒に乗れや。だけど、キャブは狭いから、隅っこで小さくなってろよ」

うわ~!!!やったぁ!
生まれて初めてのカマのキャブ添乗。
しかも、サミットがある沓掛・田野ですかぁ。

もちろん、日向沓掛の発車から田野到着までカセットテープに録音しました。
乗務員さんの声もばっちり。
しかし、あの大事なカセットテープは現在では行方不明です・・・

KyuushuuDec1973295-1dpp.jpg
田野に到着して慌てて一枚撮影しましたが、残念ながらこんな出来でした。

ただし、沓掛から田野までの一駅の旅は忘れません。
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高辻烏丸さん

コメントいただきありがとうございます。

投炭作業の撮影?いやいやいや、添乗ですでに舞い上がってましたもので、
そんな余裕は無かったですよ~あと、冷静に考えれば、すでに暗かったから、
撮影しててもブレブレだったでしょうね。
もしかして、高辻さんは撮影しているとか?
キャブは狭いし、けっこう揺れますから広角レンズ持ってないと厳しかったでしょう。

もしも撮影されているんでしたら、是非とも拝見したいですね。画質は不問です(笑)

こあらまさん

コメントいただきありがとうございます。

奥ゆかしかったかどうか・・・
さすがに相手は大の大人二人ですからね。
乗務員さんといえば憧れの対象でしたし、飯山線で
乗務員さんに写真撮っていいですか、と聞いたら
「俺らは見世物じゃねぇからやめてくれ」なんて厳しいこと
言われたこともあり、まずは下手に出ましたよ~

機関区で誰もいないカマの機関士席にふんぞり返って、
自分撮りなんてこともしましたが、やはり運用中の列車と
なれば別格の存在でしたから。

キャブは乗り心地も視界も良くないものでしたね。
まぁ、こちらはお願いして乗せていただいている身でしたから、
贅沢は言えません。

No title

無賃乗車(笑)のことでしたか。
でもこればかりはやりたくてもやれない貴重な体験。

ところでせっかくのキャブ添乗、録音だけでなくデッキの端っこから投炭作業は撮影しなかったのですか?
暗くて露出が厳しかったのでしょうか。

体験乗車

随分とマイオさんは奥ゆかしかったんですね。
当時の写真を見ていると、キャブに乗っている少年を結構見つけます。
駅から遠く離れた撮影場所に、貨物列車で乗り付けた輩もいたそうな。
当たり前のように、闇添が横行、いや、体験乗車のサービスがあったということですかね。
色々と体験しましたが、あれ程乗り心地も視界も悪いとは思いませんでした。
プロフィール

マイオさん

Author:マイオさん
「マイ・オールド・スティーマーズ」は
長すぎるということで、略して
「マイオ」となりました。
中学・高校は現役蒸気を追い、
蒸気全廃とともに鉄道趣味から引退。
30数年を経て突如復活。
ブログも9年目に突入し、そろそろマンネリ化か?
更新頻度が激減中で、ネタも尽きて
いよいよ終了間近かも。
これは見逃せないというべきか、
単にアホらしいというべきか。

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