罐替えと給炭・給水

皆さんこん〇〇は。

アーカイブからの納涼大会シリーズの続きです。


1975/3/XX 追分機関区にて

このとき高校3年生。
中学・高校と汽罐車を追ってきましたが、この撮影旅行を
最後にするとすでに決心しておりました。
そうすると、こういう一つ一つの場面が愛おしいものとなり、
普段は切らないシャッターをついつい切っていたようです。

復活汽罐車の大井川鉄道も山口線も、私にとっては遠い世界でした。
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TMTMさん

コメントいただきありがとうございます。

貴ブログ、最近読み逃げばかりで失礼しております。

そうでしたか。TMTMさんも一足お先に卒業組でしたか。
一旦卒業してしまうと、カメラもレンズも、復活汽罐車も遠い存在に
なってしまいまして・・・。

文字通り35年ほどの非鉄期間に突入してしまいました。
もっとも、このときは汽罐車はすべて消えて静態保存だけになると
思い込んでましたから、最期と悲壮な覚悟を決めてたんですけどね。

No title

こんにちは
自分も1975.3.21~31の北海道が現役SL撮影の最後でした。
室蘭本線から名寄、石北を中心に道東のローカル線を回り
最後に室蘭本線でした。追分には3/21に寄っていました。
私のブログで6/12~アップしているのがそのとき。
すでに雪はなく雨降りの1日でした。

ぜっきあいずさん

コメントいただきありがとうございます。

ここのところ、貴ブログも読み逃げばかりでスミマセン。

私も記憶が曖昧なんですが、さすがに追分機関区はラウンドハウスも
撮影してますし、あちこち入り込んでいたようですので、見学許可が
もらえたんではないか・・・と思います。

岩見沢機関区には行っておらず、なぜか追分ばかりなのも意味不明です。

渡らずの踏切

納涼大会シリーズ、どれも素晴らしいカットばかりですね。
この追分の画も、マイオさんの決意が伝わってくるようで、泣かせます。
随分と味のある給炭水施設があったんですね・・・
というのも、食わず嫌いだったのか、撮影禁止だと思い込んでいたのか、
結局、駅北方の踏切は渡らず終いで、今となっては思い出せないのですが、
追分機関区は末期も普通に見学可能だったのでしょうか?

プロフィール

マイオさん

Author:マイオさん
「マイ・オールド・スティーマーズ」は
長すぎるということで、略して
「マイオ」となりました。
中学・高校は現役蒸気を追い、
蒸気全廃とともに鉄道趣味から引退。
30数年を経て突如復活。
ブログも9年目に突入し、そろそろマンネリ化か?
更新頻度が激減中で、ネタも尽きて
いよいよ終了間近かも。
これは見逃せないというべきか、
単にアホらしいというべきか。

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