炭都の黄昏(その2 キューロク往来)

皆さんこん〇〇は。

シリーズその2は、このシリーズの発端となった狂電関人さんに敬意を
表して、キューロクのラストナンバー登場です。


1972/3/XX  伊田?79669

特徴あるカーブの駅ホーム。確か伊田駅だったと思います。

KyuushuuMar1972243-1dpp_20170815214848ccd.jpg
同日同所

テンダーには形式入りプレートが付いていました。
キューロクとハチロクには、正面が形式入りでなくて、テンダーが形式入りプレートという
汽罐車が多かったと思います。拓本を取るマニアも多かったですね。

KyuushuuMar1972269-1-2dpp.jpg
1972/3/XX 後藤寺?

これは同じ3月ですが別の日でした。
後藤寺線には重連回送も多くありましたから、これはそれだと思います。
デフなし化粧煙突のラストナンバー。点検窓はキャブ下に切り欠き。

1972/5に廃車となったため、これが最後の撮影となりました。



余り鉄道とは関係ない話です。
毎年、8月になりますと、家内と私は戦争の悲惨さをあえて意識するために、
戦争を扱った映画を見に行きます。
2014年 「野火」
2015年 「母と暮らせば」
2016年 「この世界の片隅に」
2017年 「Hacksaw Ridge」

今年見に行った映画は6月の封切りでした。ロングランとはならなかったため、
上映は渋谷のUplinkというごくごく少人数のための映画館。
舞台は沖縄戦の最激戦地で日本名は「前田高地」。
あらすじは省略いたします。
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狂電関人さん

コメントいただきありがとうございます。

やはり伊田駅ですか。良かった、自信がなかったもので・・・。
重たいセキの積車、そして空車のたくさんの返却。
4軸動輪で無理がきくキューロクが最後まで重宝されたわけがわかりますよね。

スピードが必要なわけでなく、頑丈で無理が利く罐。
短距離支線での集荷列車と空車返却。
ベストの選択はD50でもD60でもD51でもなかったようです。

伊田駅

マイオさま

広々としたカーブの構内は、間違いなく伊田駅だと思います!

除煙板無し、化粧煙突、キャブ下の点検欠き取りにリンゲルマン板。

筑豊の罐の標準スタイルでしたね。

駅で止まっていると、プシューカシャン、プシューカシャンと
コンプレッサー音が聞こえてきそうです!
筑豊でずしりと重いセキ列車を牽くには最も重宝されたからこそ
最晩年までこの大正機が残ったのでしょうね。
プロフィール

マイオさん

Author:マイオさん
「マイ・オールド・スティーマーズ」は
長すぎるということで、略して
「マイオ」となりました。
中学・高校は現役蒸気を追い、
蒸気全廃とともに鉄道趣味から引退。
30数年を経て突如復活。
ブログも9年目に突入し、そろそろマンネリ化か?
更新頻度が激減中で、ネタも尽きて
いよいよ終了間近かも。
これは見逃せないというべきか、
単にアホらしいというべきか。

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