炭都の黄昏(その3 貝島炭鉱)

皆さんこん〇〇は。

貝島炭鉱専用線には一度しか訪問しておらず、現在の地図では当時を
偲ぶことが出来なくなっております。
「鉄道讃歌」の復刊を購入して、そこに当時の路線図を発見したので、
ようやく自分がどこで何を撮影したのかをおぼろげに辿ることが出来るように
なりました。


1972/3/XX 六坑にて23号機

このスリーウェイポイントが六坑の入り口にあったこともようやくわかりました。

KyuushuuMar1972211-1dpp.jpg
宮田から六坑へ空車を返却。23号機。

KyuushuuMar1972216-1-2dpp.jpg
23号機のアップ。駆け足とほぼ速度が同じか遅いくらい。
「弁当箱」というあだ名がよくわかります。

KyuushuuMar1972208-1dpp.jpg
31号機を後方から。

KyuushuuMar1972222-1-2dpp.jpg
31号機と六坑の建屋。ナンバープレートはくすんで読み取れないですね。
これぞ働く罐でした。

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汽車遺産さん

コメントいただきありがとうございます。

貝島炭鉱専用線はなかなか独特でしたね。
このときは私は「貝島ってなに?」という状態でした。
「せっかく筑豊まで来たんだから寄っていこうよ」という同行の友人からの誘いで
いやいや行ったんだろうと思います。
持つべきものは友ですね~

貝島炭鉱まで

マイオさんこんにちは!。&御見逸れしましたm(_ _)m。情報は有りましたが、私は貝島炭鉱には行っておりませんしこんなマニアックな場所に行きスリーウェーポイント( ;^ω^) で撮るなんて凄すぎじゃ有りませんか♪。

koppel-2さん

コメントいただきありがとうございます。

国鉄蒸気亡きあと、koppel-2さんもはるばると貝島詣でをしてたとは!
そりゃ海外に行くよりは近いですが、鉄道讃歌の影響って畏るべしですね。
Sさんたちも罪作りなことを・・・

今回の写真展ですが、今週末の土曜日あたりに訪問できればと存じます。
また800円中華コースですかね謎

No title

 マイオ様 自分も最期の頃にチラッと訪問した一人です。御崎の鉄原コ-クス同様 国鉄蒸機終煙後もひっそり動いていましたので観れましたと言うところです。 やはり鉄道讃歌の影響かな そのSさんの今年の展示 また一味違った作品ですよ。 是非会場で堪能してくださいね。

狂電関人さん

コメントいただきありがとうございます。

お喜びいただければ幸いでございます。(じゃなくて羨ましい?)
私がこの当時貝島炭鉱専用線にハマっていたか、というと疑問です。
ここは知る人ぞ知るの典型。「鉄道讃歌」の世界にとことんハマらないと。

中学3年の春休みにそれはあまりにも老成といえば聞こえがいいけど、
要はじじ臭い。一緒に旅行した仲間の一人がこういうのが好きで好きで。
引っ張られて行っただけだったような・・・

露天掘り炭鉱専用線は5年前に中国・内蒙古の平庄炭鉱専用線を訪問しました。
こちらは、冬場だったこともあり、貝島というよりは三笠・夕張の最末期という印象でした。

きたーっ!

マイオさま

って織田裕二が叫んだ世界陸上は終わりましたが(爆)、
貝島のお写真、現物を目の当たりにしているだけに、
羨望の眼差しで拝見させていただいております!

辛うじて、大きなホッパービンの傍で一休みするコッペルやアルコを
思い出します。最後の写真の傍ではないかと推測いたします。

まだ中学に上がるか上がらないかの頃でしたので、
9600以上に渋く、炭汚れした罐たちの本当の価値が解りませんでした。
プロフィール

マイオさん

Author:マイオさん
「マイ・オールド・スティーマーズ」は
長すぎるということで、略して
「マイオ」となりました。
中学・高校は現役蒸気を追い、
蒸気全廃とともに鉄道趣味から引退。
30数年を経て突如復活。
ブログも9年目に突入し、そろそろマンネリ化か?
更新頻度が激減中で、ネタも尽きて
いよいよ終了間近かも。
これは見逃せないというべきか、
単にアホらしいというべきか。

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