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現役蒸気と復活蒸気。模型と日々の出来事も。

広角レンズが欲しいと思ったとき

皆さんこん〇〇は。

アーカイブからのアップですが、本来ならボツ作品ですので、画像拡大は自己責任でお願いします。


1973/1 中央西線倉本→上松 D51827【中】

この場所に立って、ああ~広角レンズが欲しい!と思いました。
それまでは、標準レンズがあれば、自分の足で移動して、引きを取れば、景色を収められると
真面目におもっていたのです。

でも、この場所ばかりはダメ!有名な景勝地である「寝覚ノ床」の柱状節理は画面に向かって右側に
あります。ところが、線路と木曽川が見える立ち位置はここしかありません。

ちっくしょ~。後追いを撮ろうにも、この画角では白煙と罐の姿で寝覚ノ床が隠れちゃうじゃないの。
事実、ごく最近見つけた某有名プロの作品ではこの場面は20mmくらいの画角で、寝覚ノ床と汽車をバッチリ。

で、こういうときに限って、中津川の青ナンバーが来ちゃった。
その場ではナンバープレートも読み取れない・・・
記録写真にもならんわ~

ということで、以来46年にわたってお蔵入り。
ところが、読めないと思っていたナンバープレートでしたが、スキャンして拡大したら
読めました。D51827。勝手に「やになるD51」と仲間内で読んで(呼んで)いた罐でした。

高辻さんぜっきあいずさん、まったくひどいコラボですが、名鉄局の色付きナンバー繋がりということで。

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Comment

マイオ  

ぜっきあいずさん

コメントいただきありがとうございます。

え~、この時はじゃ~に~コニカは帯同せず、ニコマート一本勝負でございました。あれっ、エクタとは一言も書いてないですがお目が高いですね~

これは鼻血ブーの旅ではなく、それから4か月後のことですから
そういう花園キャ~は旅行中一切ございませんでした(キッパリ)

2019/04/20 (Sat) 18:37 | EDIT | REPLY |  

ぜっきあいず  

一体どこがボツ作品?

流石、鼻血ブーのマイオさん。ぜっきあいずとは大違いの
渋い作品での青ナンバーコラボ、ありがとうございます。

でもこの時はC35はどうされたのでしょうか?38mmなら
ちょうどいい塩梅のような気も・・・

想像するに、この頃は鼻血ブーの後なので、ニコマート+エクタという
おマセ仕様一本勝負だったのですネ(笑)

2019/04/20 (Sat) 06:53 | EDIT | REPLY |  

マイオ  

TMTMさん

コメントいただきありがとうございます。

やはり訪問されてましたか。一度は行きたい場所でしたものね。
今思えば、広角レンズがなければ河原に降りて狙う方法もあったのでしょうね。

もっとも、線路沿いの道路を歩いてここまで来たので、河原に降りる意欲は
無かったのでしょうね・・・

2019/04/19 (Fri) 21:34 | EDIT | REPLY |  

マイオ  

高辻烏丸さん

コメントいただきありがとうございます。

そうなんですよね。D51827はサヨナラの先頭の罐、そして国鉄100周年に展示された縁で個人の方の保存となり、今や名古屋での復活罐の候補にもなっているとか。とりあえず圧縮空気での走行となっているみたいで。

中央西線のサヨナラ運転って木曽福島以北と以南で2回やってるんですよね。以北がD51775【木】牽引、以南がD51827【中】+D51549【中】でしたっけ。以南は平日運行でしたか。

当時は学校さぼって鉄する人とそこまでしない良識派といましたね。高辻さんはやはり良識派でしたね。

2019/04/19 (Fri) 21:29 | EDIT | REPLY |  

TMTM  

同所

ここには同年の5月に行っていました。
おっしゃる通り折角の風景が煙で見えない…
罐は豆粒ですが風景優先で撮影した画像があったと思います。
画像を探してUPします。

2019/04/19 (Fri) 21:25 | EDIT | REPLY |  

マイオ  

koppel-2さん

いつもコメントいただきありがとうございます。

私も73/3春休みに夜行塩尻乗り換えで中央西線、翌日は順法闘争
真っただ中で貨物列車はいつ来るかわからず。奇遇でしたねぇ。

でも木曽森林に行こうという発想はなく、南木曾・田立で遊んで終わりました・・・

鉄道讃歌はまだ持ってなかったなぁ。

2019/04/19 (Fri) 21:11 | EDIT | REPLY |  

高辻烏丸  

いやいや、この大胆な切り取り、それから木曽川の風景もいいです。
私はといえば寝覚ノ床ではその奇岩を撮りたくて河原に下りていますが、煙もなくそれこそボツでした。

昭和48年7月、中央西線無煙化によるさよなら運転では、このD51827は重連の先頭を務めていた記念すべき罐。
そして今や鮮やかな青ナンバーをつけ、圧縮空気ではありますが和歌山で動きだしたのは喜ばしい限りです。

実はそのさよなら運転の方ですが、休日ではなく平日に行われていまして、当時行きたくても行くことができませんでした。
地団駄踏んだ記憶がありますが、期末試験は終わっていましたので学校さぼってでも行くべきでしたね。

2019/04/19 (Fri) 18:50 | EDIT | REPLY |  

koppel-2  

マイオさま レンズについては全く同意見です。自分も同じ様な立ち位置で撮影しております。 当時地元から近郊のお立ち台は
ここと小海線の境川鉄橋だったと思います。川越線の荒川鉄橋は最寄りでしたが、お立ち台と云う言葉を知る前になくなってしまいました。73/3卒業式を終えて夜行塩尻乗り換えで行きましたっけ。アングルは不完全燃焼でしたが、確か翌日から順法闘争、上松に居たおかげで木曾森林鉄道に乗車することが出来ました。 ただそこから深山幽谷に向かうかと云うと流石に中卒 15の夜はD51重連の方に心奪われていましたよ。鉄道讃歌は持っていたのにねぇ・・・本が活躍するのはそれから四年後かな。

2019/04/19 (Fri) 08:49 | EDIT | REPLY |  

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