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現役蒸気と復活蒸気。模型と日々の出来事も。

逆光に憩う

皆さんこん○○は。

本日も昔の一枚からアップです。


1972/3 筑豊本線原田

D6028【直】

右に建つ民家と逆光に憩うD60の取り合わせがなんともいえない味があります。
構内通路の渡り板も今は見かけないものですね。
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Comment

マイオ  

u403tsugaruさん

コメントいただきありがとうございます。

私は1972/3に初めて九州を訪問しましたが、このときの狙いは
日豊本線のC57、田川線と唐津線のキューロク、そして筑豊の
D50/D60でした。

筑豊ではホントはC55も狙いたかったのですが、直前に若松区から
淘汰されてしまい、吉松区に転属してしまったのです。この頃って
半年違うだけで撮影できた機種と場所が違ってしまうんです。

D50はほとんど淘汰寸前でしたが、D60は比較的多くいまして、随分と撮影できたのは幸運でした。この28号機、パイプ煙突なのが残念ではありますが、全体の雰囲気はいかにも武骨。これぞ蒸気機関車というスタイルですよね。

2020/03/15 (Sun) 19:43 | EDIT | REPLY |  

マイオ  

koppel-2さん

いつもコメントいただきありがとうございます。

おおっ、読売を逆指名ですか!コッペルさん、進学という選択肢は
そりゃないでしょうね。野球狂の詩の岩田鉄五郎は連載開始時に50歳
という設定でしたが。ルーキーで63歳となればこのウィルス騒ぎの中、
明るい話題を提供ですね。

当時のカラーフィルムは逆光には特に弱かった印象があります。モノクロはまだなんとかなってくれましたが・・・コントラストがきつい場面だと暗部ツブレは当然でしたものね。値段が張る割に残念な結果が多かったもので、コスパとしてはモノクロ。ただ素晴らしい結果をたま~にもたらしてくれたのはカラーでした。

2020/03/15 (Sun) 19:30 | EDIT | REPLY |  

マイオ  

ひぐま3号さん

いつもコメントいただきありがとうございます。

へ~、根室本線の普通客レがD60牽引だった?
そりゃ知らなかった。
だいたいD60が北海道にいたというのがかなり意外な感です。
池田機関区にいた連中はかなり早くに淘汰されたのかな。

私の中では、D60って筑豊のボタ山あるいは汚れた川と炭鉱住宅の
間を縫って走ってるイメージがやたら焼き付いてまして・・・

初めて見たときは随分とオールドファッションな罐という印象。
キューロクとどっちが古いの?でしたね。

2020/03/15 (Sun) 19:17 | EDIT | REPLY |  

u403tsugaru  

私の世代だとC62、D51、C57が人気なんでしょうけど(今の世代ならC11も加わる?)、D60って好きなんですよね。
デンと無造作に置いたような給水温め器、広々としてそうな大きめのキャブ、リベット厳めしいテンダー、4軸のスポーク動輪と2軸従台車…
北見にはD5025が保存されてるのでたまに眺めに行きますが、やっぱりいいんです。
共に寡黙で不器用な漢って感じが(笑)

2020/03/15 (Sun) 12:39 | EDIT | REPLY |  

koppel-2  

マイオさま 自分も筑前埴生でD60の貨レを撮りました。当時のフジカラ-N100でしたが、仕上がったプリントの罐の色が妙に茶色っぽかったけど、これも光線の影響でしょうかねぇ。原田の鉄道風景なんて今はもう変わってしまっているでしょうから貴重な記録ですね。
 記録と云えば今朝のTVで平成の怪物と云われた松坂が古田のインタビュ-に答えていました。今年で40歳だそうです。今秋ドラフトで讀賣からの指名を待つ自分は63歳になりますが、自信が確信に変わる日が来る事を期待しています。指名されたら自信が安心に変わりましたと、挨拶しますね。

2020/03/15 (Sun) 12:26 | EDIT | REPLY |  

ひぐま3号  

考えてみるとD60だけが未だに見たことない形式です。
ただ実際はD60の牽く客レには乗ったことがありまして…
(その昔根室本線の新得〜帯広〜池田はD60が普通列車牽引でした)
と、言っても幼少の砌で記憶が無い(笑)
そうそう、前に後ろにD51が付いた狩勝峠越え(勿論、旧狩勝ね)も乗っているんですがこれもまた小学生低学年。
その時に刷り込まれた煤が今日の汽車追い人になった由縁かもです。
今や汽車追い人はすっかり汽車老い人となっていますけどね(笑)

2020/03/15 (Sun) 08:07 | EDIT | REPLY |  

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