冬の重連

皆さんこん○○は。

ネタが尽きているので、本日は現役時代のアーカイブからです。


1973/12/XX 吉都線小林→西小林? D51589+C57124

この日は一日中、吉都線沿線をうろうろしていた記憶があります。
冷え込んだ日で、ご覧のように曇りがちで気温も上がらず。
ときどき霧島山から雪が飛んできて驚いたのもこのとき。

南国とはいえ、12月も末の日豊本線も吉都線も寒かったことを
よく覚えています。

露出もなかなか絞れず、写真も開放近くで撮影したため、なんとなく
締まらない画になっております。
重連の白煙が救いでした。

最後の出会い

皆さんこん○○は。

本日はまことにダサい写真をアップいたします。


1973/12/25 吉都線小林 C5557牽引

以前にも触れたかどうか、C5557は大好きなカマでした。
若松区から奇跡的に僚機52号機とともに吉松区に転属し、
私には最も九州のC55らしいC55と思えた57号機。
正直いって静態保存されている52号機は特徴あるデフが
なんとも妙な感じだったのです。

ただ、57号機との実際の出会いがどうだったかというと、必ずしも良い場面
ではなく、有火回送重連の次位であったり、サイドビューを捉えようと
すると煙・ドレーン隠れを見舞われたり。要するに嫌われてました。

そして、この夕方の小林駅。これが最後の出会いかも・・・という予感も
ありましたが、すでに冬の陽光は消えており、SSを稼ぐために絞り開放。
締まりの無い写真になってしまいました。

KyuushuuDec1973231-1dpp.jpg

ダメもとで引きつけて撮ったスポーク。ながらくお蔵入りしていた作品です。

ハチロクの日

皆さんこんばんは。

こあらまさんが提唱されておられる「ハチロクの日」、せっかくですから私も一口乗らせていただきます。

ただし、花輪線も五能線も松浦線も訪問していない私は、こういうのでお茶を濁します。


1973/3/XX 南延岡機関区にて

このハチロクは細島線の貨物と、南延岡と細島での入換業務を担っていたようです。

モノクロのカラー化(その2)

皆さんこん○○は。

先日に続いて現役蒸気時代のモノクロ画像のカラー化、その第2弾です。
今回はどうもこのカラー化ソフトが苦手としているらしい水面の表現を
試してみました。


1973/3/XX 肥薩線鎌瀬→瀬戸石

これって復活蒸気「SL人吉号」でも有名な撮影地ですね。
もっとも、現在はこの立ち位置には行けないと思います。

このときの「川線」(肥薩線八代・人吉はこう呼ばれていました)
は曇りときどき雨だったので、カラー向きではなく、すべてモノクロで
撮影していました。使用フィルムはTri-X。当時は現像は自家ではなく
近所の昔からなじみのDPE屋(その後閉店)に出してました。

ただ、そのDPE屋はかなりのマニアでしたので、現像に関しては信用
できましたし、コダックプロラボとも契約してましたので、こちらも
信頼できました。

colorized2.jpg
同日 肥薩線白石付近

こちらはご覧の通り、なかなか難しい色が出てしまいました。
こういう場面が苦手なようですね。

colorized6.jpg
翌日 肥薩線坂本→葉木

こういう中間色だらけも苦手みたいですね。
今後もときどき遊び半分(いや遊び全部かな)で試してみますね。

これも好きなカマ

皆さんこん○○は。

復活汽車の撮影はここしばらくご無沙汰ですので、
今回もアーカイブからです。


1972/3/XX 日豊本線宮崎→南宮崎 C5749牽引

C57の形式プレート。最初は「妙に前面プレートが大きいなぁ」くらいにしか
思わなかったが、近づくにつれて、「これが形式プレートか」と気付きました。

復活SLではあちこちに形式プレートが付いてますが、現役末期はC57でも
ごくわずか。出会えればなんとなくラッキーな気分になれました。

左に広がる宮崎市街の家々。彼方に見える黒煙は宮崎機関区でしょうね。

プロフィール

マイオさん

Author:マイオさん
「マイ・オールド・スティーマーズ」は
長すぎるということで、略して
「マイオ」となりました。
中学・高校は現役蒸気を追い、
蒸気全廃とともに鉄道趣味から引退。
30数年を経て突如復活。
ブログも8年目に突入し、そろそろマンネリ化か?
更新頻度が激減中で、ネタも尽きて
いよいよ終了間近かも。
これは見逃せないというべきか、
単にアホらしいというべきか。

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