白煙吐いてトンネルへ

皆さんこん〇〇は。

初めての木曽路訪問の続きです。

KoumiSep1972065-1dpp.jpg
1972/9 中央西線宮ノ越→藪原

木曽路は藪原・奈良井間にある鳥居峠が分水嶺となります。
木曽福島と中津川に機関区があり、中津川機関区の罐が塩尻までの主に本務機、
木曽福島機関区の罐が主に補機を務めていました。

木曽福島以南では後補機、以北では前補機となっていたようです。
もっとも私はほとんど以北で撮影しており、これは専ら以南で撮影しておられた
高辻さんのお話(写真)で最近わかったことでした。

降り続く雨の中、橋梁を渡ってトンネルに突っ込みます。
撮影の都度、レンズを手ぬぐいで拭くのですが、だいぶ厳しくなってきました。
レンズに吹き残りの水滴があるのでしょう。フィルターの上にもう一つフィルターを
装備しているようなものです。

初期の自己満足画

皆さんこん〇〇は。

午前中はずっと雨に祟られたこの日、ようやく夕方になって雲が切れました。


1972/9 中央西線奈良井→木曽平沢

中央西線の中でも、木曽平沢と奈良井は駅間が短い方です。
このとき、そこからまず駅間を歩いてみようと考えたのは、ごく自然な発想でした。

それは良いとして、この一枚は今でも続く癖である「極端な構図」。
汽罐車ですが、画面左下に絶気で写っています。
下りで絶気とわかっていたから、こういう構図で遊んだな、と読めますが、
煙期待でこういう極端な構図は組めなかったのがこの当時でした・・・

木曽路は雨から

皆さんこん〇〇は。

飯山線に別れを告げて、やってきましたのは中央西線。
1972年当時、架線柱が建ち始めていましたが、乗数一杯の貨物列車を
牽引するD51。とても魅力的で、この後、何度も通うことになりました。


1972/9 中央西線宮ノ越→藪原

ただし、初日の朝は雨。なかなかモチベーションが上がりません。
小海線、飯山線と秋晴れが続いていただけに、まずはため息つきつき、
カラーを封印してモノクロだけの撮影行です。

この当時は、真っ黒な煙かせめてマーブル煙が最高と思っており、
白煙の素晴らしさには気づいていなかったのです。

飯山線の落日

皆さんこん〇〇は。

40年以上前に時計を遡りまして・・・
横倉・平滝間で協調運転を撮影した、その帰途の車窓です。


1972/9 飯山線のどこか

いつぞやアップさせていただいた、同乗の女学生からりんごを貰ったよりも
少し前のタイミングでしょうか。(「あの子の一枚」のタイトル)

協調運転で衝撃を受けた高校生の私はかなりセンチメンタルな状態だったようで・・・
車窓からカラーで夕景を撮影したり、この他にも、どういう精神状態だったのかな?
と思う叙景的な写真が多く残っています。

ただ、飯山線にはこの日一日でお別れを告げており、翌日は初めての木曽路に
足を踏み入れています。そちらでの未公開写真はまた改めて。

樹間を抜く

皆さんこん〇〇は。

先週日曜日の真岡の重連運行の続きです。
往路は頭に汽罐車2輌が前向きにつく、普通の重連。
帰路の仕立てを茂木の町はずれの高台から、
八王子のSさん、せきけんさんと見物。

C12を切り離さず、C11だけが転回。
なるほど。帰路は頭にC11が前向き、C12が最後尾で後ろ向きなんですね。


2018/6/17 真岡鉄道茂木→天矢場

Olympus OM-D E-M1 + M.Zuiko ED 40-150mm f2.8 PRO

さて、帰路をどこで撮影するか。
せきけんさんから教えてもらった場所に行ってみました。

背の高い線路わきの電柱の存在をどうやって消すか・・・
道路脇の擁壁の上から撮ると、だいたい同じような画になるので、
そちらはどなたかにお任せです。

こちらですと、いわゆる「額縁」。
葉っぱがまだ新緑のときならもっといい感じになるかな。
この時期、彩りとして今一つなのは仕方ないのかも。

煙が拡散してしまい、構図のまとまりがダメですね~
プロフィール

マイオさん

Author:マイオさん
「マイ・オールド・スティーマーズ」は
長すぎるということで、略して
「マイオ」となりました。
中学・高校は現役蒸気を追い、
蒸気全廃とともに鉄道趣味から引退。
30数年を経て突如復活。
ブログも9年目に突入し、そろそろマンネリ化か?
更新頻度が激減中で、ネタも尽きて
いよいよ終了間近かも。
これは見逃せないというべきか、
単にアホらしいというべきか。

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